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Jeans Kizuna, How I started my journy

By Takuto .M designer at  Maison Kizuna

 何気なくタンスを片付けていると、15年ほど前に初めて海外旅行にいったアメリカで買った古着のリーバイスを見つけた。 別に高価なビンテージデニムではなかったが、色の落ち方やダメージの感じが好きで長年履いたジーンズだ。 ’’ここ数年姿を見ないと思ったらこんな所にいたのか。’’ デニムトレンドの変更や自分のファッションスタイルも少し変わり、最近はあまり穿く機会がなかった。 ファッションのトレンドはある一定の周期があり、デニムに関して言えばクリーンなノンウォッシュ系ジーンズからハードなダメージ系ジーンズの間を行ったり来たりしている。 やはり今見てもかっこいいなあ、そんなことを思いながら膝部分に目をやると生地が薄くなって今にも破れそう。 反対側も、、、こっちはすでに穴が開いていて穿いたら膝が見えてしまう。 デニムのバック部分も気になり確認すると、ポケットの横部分の生地が薄くなって透けていた。

 20代前半は穴あきジーパンで海外を旅していたが、30歳を目前にしていた僕にとって穴あきデニムは少し抵抗があった。 ダメージの入ったデニムは好きだが、穴が空いたままで素肌が見えるデニムはあまり好きではなかった。 そこで元々は洋裁の仕事をしていた母の工業用ミシンで、デニムの裏から生地をあてて縫ってみようと思い立って母に相談。 始めはデニムの修理を母に頼もうとも考えたが、デザイン的に少し心配になって自分でやってみることにした。 

 母が何度か工業用ミシンを踏む姿は見たことがあったが、自分が実際に踏んでみて思ったことは、’やべーこれまじで早すぎる’ ペダルをちょっと踏んだだけで ’だーーーー’、’だーーーー’ すごいスピードで針と糸が動いていく。 想像していたよりもコントロールが難しい。 しばらく端切れで練習した、30分ほど練習した後でいよいよデニムに挑戦した。 母が持っていた糸の中でなるべくボディーのジーンズの色に合わせて糸を選らび、生地を裏からあてた部分が重ならないように慎重に送り歯を下げた。 ’だーーーーー’ ’だーーーー’ 少し練習した甲斐もあっていい感じにリペア作業は進んだ。 

 専門的な話になるのだが、当時僕は工業用ミシンのフラットな台に膝部分までを入れなくてはその箇所を縫うことができないと思っていた為。 そこで仕方なくサイドのステッチを解いてジーンズを筒状のフラットな状態にしてから補強して、再度耳を縫い合わせる方法で快調にダメージジーンズの補強が進んでいった。 (現在KIZUNAではデニムのサイドシームは開かずに作業したいます)

 ’楽しいかも’  初めての作業ではあったがミシンという機械の面白さも知った。こうして僕の初ジーンズリペアが終了した。 

一番始めにリペア&カスタムした自分のデニム。 ステッチ、パッチ、何でもありでしたね。

 はじめは見よう見まねでミシンを練習した、小さい頃から母が使っていたのは見ていたが実際に使ってみると結構クセのあるマシンのように感じた。 でもさすが工業用ミシン、今のような音の静かなモーターを使用していないので、踏んだ時の音が半端ない。 でも厚手のデニムをグングン縫ってリペアしていくことができる。 

 僕がハマったのはただ綺麗に直すだけじゃない手法。 みんなと同じジーンズが嫌で、人と違うデザインが作りたくて、いろいろなパーツをジーンズに付けたりいわゆるカスタムジーンズの原点だ。 そしてちょうどそんな感じでデニム加工の道がスタートした頃、実は今の奥さんに出会った。 元々は静岡に住んでいた僕は、たまたま遊びに行った東京で運命的な出会いをした。 別に奥さんの自慢をしたいわけではないが、彼女との出会いがなければ、今こうしてデニムのリペア&カスタム職人として仕事していることはなかったと思う。  

 出会った当時、ちょうど僕が弟の彼女に作ってあげたジーンズが、彼女が派手すぎて穿けないとの理由で返却されてきた。 そのジーンズを僕の彼女に見せると、’いいじゃん、派手だけど面白いと思う’ そういって自分が穿くといってくれました。 そのジーンズを撮影に入っていってくれたり。 そしたら同席したスタイリストさんが面白いっていってくれたり。 彼女は同時東京でヘアメイクさんとして活躍していて、その現場に僕の加工したジーンズを穿いていってくれたりした。

弟の彼女に作ったが、はいてもらえなかった1本。 当時はStormy Aqua というブランド名でした

  すっかり調子にのった僕に、彼女はデニムの加工を仕事にしたら? って言ってくれた。 奇しくも僕がスタートした2005年頃はプレミアムデニムのブームで、街では派手な加工の入ったジーンズが3万〜4万円で売っていた時代だ。 まともな仕事をしていなかった自分では到底買うことのできない値段だった。 でもそのおかげでそれを自分もやってみようと挑戦することができた思う。  買うことができないから作ってみる。 スカートとか、ジーンズとか東急ハンズにいって材料を集めなんでもありだと思って作品を作った。 ジーンズにダメージをつけてリペアして、また染めたりブリーチしたり。 そして出来上がったデニムの作品を彼女の勧めで、撮影してポートフォリオを残すことにした。 

10年以上前に作ったカスタムジーンズを撮影した作品

 ヘアメイクして活動していた彼女たちは、よく作品撮りと言われる自分のプロフィール写真を撮って自分たちのブックにする習慣がある。 カメラマンにとっても後から自分の作品として使用できるためお互いにwin-win な話。 青山のスタジオでモデルさんを入れての撮影が始まると、プロの現場に圧倒された自分に興奮気味になったのを今でも覚えています。 自分が作ったデニムの作品がスタジオの中で、モデルさんが着用している姿はなんか別物のデニムに見えたんです。 時折カメラチェックで見る画像では、ダメージの感じやリペア具合までもがはっきり見え、とてもかっこよかったなあ。 こうして完成した産まれて初めてのポートフォリオ、でもこのブックが後の僕の人生をさらなる変化に導くことになるとは、この時は思ってもいなかった。


 ブック完成から数ヶ月がたったある日、彼女と僕にあるお仕事の依頼がやってきた。 それはカナダのデニムブランド シルバージーンズの日本の代理店の社長がレセプションパーティーをやるので、彼女にはヘアメイクとして、僕にはモデルの通訳兼進行のアシスタントとして手伝って欲しいとのことだった。 実はデニムリペア&カスタムを仕事にする前に、僕は19歳から20代の前半をオーストラリアで過ごしていた。 だから英語は得意な方で、今もアトリエの中で生徒さんたちに教えてもいる。 話を戻すと、そのデニムブランドのパーティー前日に、Silverジーンズ社の新しいブランド1921 jeans というデニムが、スタッフの衣装として配られた。 僕はその晩に、その支給されたジーンズに勝手にオリジナルのカスタムを加え、当日穿いて行くことにした。 それはシングルステッチというカスタムで、ミシンでジーンズにフリーハンドで刺繍をしていくカスタムだった。 同時はデニムのカスタムをスタートしたばかりで、慣れないミシンで加工したのを覚えている。 当日代官山のレストラン会場に行くと、多くの招待客が詰め掛けていて外人のモデルさんたちもファッションショーの準備に追われていた。 その中に際立ったオーラを放つカナダから招待されたシルバージーンズ社の社長の姿があった。  

 パーティーも順調に進み、ファッションショーも終了したのでパティーに参加できる時間ができた。 そこで僕は思い切ってシルバージーンズ社の社長に話かけることにした。 

Hello,,, my name is Taku.

Oh Hi... I am Micheal.  

Nice to meet you......

 こんな感じで話を進めた、しばらくすると彼が僕の穿いているジーンズに目を留めた。 

Mich; Oh, You are wearing very nice jeans,,,,which brand are they? 

Me;  They are 1921jeans... which is your brand. 

Mich;  Really, but we do not have these in our line. 

Me;  I know I just added some customsing...

Mich;  Very Nice... let me take some pictures.. I want to show to my designer.  He is not here this time. 

こうして彼が撮った写真がこれだ。

1921のパーティーでマイケルが実際に撮った写真 初のシングルステッチ

 パーティーから半年くらいがたったある日、僕の電話がなった。

相手は当時、シルバージーンズの日本代理店の担当者でした。 彼が ’実は今シルバージーンズ社のデザーナーが来日していて、是非Taku に会いたいと言っています。 時間は作れますか?’ と言う内容の電話だった。 

半年前この写真を見たシルバージーンズのクリエイティブディレクターのAllan Kemp 氏が、来日に合わせて、このジーンズに加工を加えて人物に会いたいとの要望を日本の代理店にお願いしていた。  こうして僕らははじめて渋谷のセルリアンタワーで対面した。 僕は作ったデニム作品集を片手にホテルのロビーに向かった。 そこにはシルバージーンズ社の代理店の担当者と笑顔の外人が座っていた。 

Allan; Hi Nice to meet you... My name is Allan

Me; Hi Nice to meet you too,.......My name is Taku

Allan; Thanks for coming...I needed to see you after I saw the jeans picture which Micheal took at the party.   I think there is something we can do... I see some potentials here.  

Me; Thanks....  I like what I do, but I just started doing jeans work and did not go to fasshion school, so I do not know anything about jeans or how to make them...  

Allan ;  Do not warry about it.. it is even better.  If you did not go to school, means you have no stereo type for making jeans.   

 僕は自分の作った作品集を彼に見せた。彼はすべてのページを丁寧に見たあと、笑顔で語った 

’Let's do this'    今でも忘れることができない。 ものすごく短い間でしたが、電気がスパークした感覚というか、とても不思議な感じがした。 

     こうして、僕のデニムリペア&カスタムの活動が本格的にスタートした。 


 デニム職人としてスタートした年は、いきなり100本以上のサンプルオーダーから始まった。 世界規模でデニムブランドを展開していた彼らにとって、サンプルで100本は当たり前。 妻と、友人の助けも借りてなんとか終了させると、数ヶ月後にすぐに本オーダーが入ってきた。 その数年間1500〜2000本、大変だったけどかなり鍛えられた気がします。世界の有名セレクトショップで扱われたり、海外の雑誌に載ったりと、自分の力だけでは成し遂げられない経験をすることができました。 僕にとってはブランドの展開が終了になる数年間 Allan 氏と一緒にできたことが一番の思い出です。

あれから10年以上の月日が流れ、僕は結婚して、2人の娘にも恵まれこうして自由に活動できています。 Allan 氏は公私にわたり面倒を見ていただく関係で、僕のメンター的な存在です。今の自分があるのは、この運命的な出会いなくして語ることができないとただ感謝するばかりです。 

2016年カナダのウィナペックのAllan氏の自宅にて

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